宮島の背後にそびえる弥山(みせん)をご存じでしょうか。海上に浮かぶ厳島神社ばかりが注目されがちですが、実は弥山こそが宮島信仰の核心部分なのです。「神が宿る山」として古代から崇められ、弘法大師空海が修行した霊山でもあるこの山は、どのような歴史と自然を秘めているのでしょうか。
弥山は、標高535メートルの霊山であり、1200年以上続く信仰の聖地です。空海が806年に開山して以来、数々の神秘的な伝説が語り継がれ、同時に手つかずの原始林が残る貴重な自然の宝庫となっています。1996年には厳島神社とともに世界文化遺産に登録され、その価値が国際的にも認められました。

弥山信仰の歴史的経緯を時代別に解説
古代から続く山岳信仰の聖地
弥山への信仰は、厳島神社創建よりもさらに古い時代にさかのぼります。発掘調査によって、弥山北側の標高270メートルから280メートル地点の岩塊群周辺から、古墳時代末期から奈良時代にかけての須恵器や土師器、瑪瑙製勾玉(めのうせいまがたま)、鉄鏃などの祭祀遺物が発見されています。これらの遺物は、すでにこの時代から弥山が神聖な場所として認識され、何らかの宗教儀式が執り行われていたことを物語っています。
古代の人々にとって、海上にそびえる弥山は、神が降臨する磐座(いわくら)として特別な存在でした。山頂付近に点在する巨石群は、自然が作り出した造形でありながら、人々に神秘的な印象を与え、信仰の対象となっていたのです。特に頂上にある巨大な「頂上岩」は、神の磐座石として崇められてきました。
弘法大師空海による開山と密教の聖地化
弥山の歴史において最も重要な転換点は、806年(大同元年)の弘法大師空海による開山でした。唐での修行を終えて帰国した空海は、京へ向かう途中で宮島に立ち寄り、対岸から見た弥山の姿に霊気を感じ取ったといわれています。山の形が仏教の宇宙観に説かれる須弥山(しゅみせん)に似ていたことから「弥山」と名付け、この地で100日間の求聞持法(ぐもんじほう)の修行を行いました。
空海は弥山本堂を建立し、本尊として虚空蔵菩薩を祀り、脇侍として不動明王と毘沙門天を配しました。また、弥山と自身の守護神として三鬼大権現(時媚鬼神・追帳鬼神・摩羅鬼神)を勧請しました。この三鬼大権現は、本来の姿が大日如来・不動明王・虚空蔵菩薩ともいわれ、今でも地元では「三鬼さん」と親しまれています。
さらに空海は、宮島最古の寺院である大聖院を開創しました。大聖院は真言宗御室派の大本山として、神仏習合時代には厳島神社の別当寺として重要な役割を果たし、平清盛が始めた管絃祭などの行事も采配していました。
中世から近世にかけての信仰の発展
平安時代末期には、平清盛をはじめとする平家一門が弥山を篤く信仰しました。平宗盛は弥山本堂に大梵鐘を寄進し、この鐘は現在も重要文化財として保存されています。鎌倉時代以降も、足利義尚、毛利元就、福島正則など、時代の権力者たちが弥山を崇敬し、様々な寄進を行いました。
江戸時代になると、弥山は一般の参詣者にも開かれるようになり、多くの人々が霊山への登拝を行うようになりました。特に初代内閣総理大臣の伊藤博文は三鬼大権現を篤く信仰し、「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と弥山からの眺望を絶賛しました。伊藤博文は私財を投じて弥山登山道の整備にも尽力し、現在の登山環境の基礎を作りました。
霊山としての特徴と信仰の詳細
1200年燃え続ける「消えずの火」の神秘

弥山本堂の近くにある霊火堂には、空海が修行の際に焚いた護摩の火が、1200年以上たった今も「消えずの火」として燃え続けています。この霊火は弥山七不思議の一つに数えられ、一度も消えることなく守り継がれてきました。堂内には大茶釜が火にかけられており、ここで沸かした霊水は万病に効くと伝えられ、参拝者は自由に飲むことができます。
この神聖な火は、現代においても重要な意味を持っています。明治34年(1901年)に操業を始めた八幡製鉄所の溶鉱炉の種火となり、さらに広島平和記念公園の「平和の灯」の元火としても使われました。戦争の悲惨さを伝える平和の象徴に、弥山の霊火が選ばれたことは、この火が持つ精神的な価値の高さを物語っています。
弥山七不思議に見る神秘の世界
弥山には、科学では説明できない七つの不思議な現象が伝えられています。「消えずの火」のほか、空海が立てかけた錫杖が根をはり八重紅梅になったという「錫杖の梅」、空海が梵字と真字で「三世諸仏天照大神宮正八幡三所三千七百余神」と刻んだ「曼荼羅岩」があります。
特に興味深いのは「干満岩」です。標高約500メートルの地点にある岩の穴に溜まる水が、海の潮の満ち引きに合わせて増減するという不思議な現象で、しかもその水には塩分が含まれているといいます。科学的な証明はいまだになされておらず、弥山の神秘性を高めています。
他にも、旧正月の夜に海面に謎の灯火が現れる「龍灯杉」、晴天でも霧が降りる「しぐれ桜」、人がいないのに深夜に聞こえる「拍子木の音」があります。残念ながら龍灯杉としぐれ桜は枯れてしまい、現在は株だけが残っていますが、これらの不思議な現象は今も語り継がれています。
山頂に点在する聖地と霊場
弥山には、本堂や霊火堂以外にも多くの聖地が点在しています。厳島神社と同じ宗像三女神が祀られている御山神社は、嚴島大神が降臨した地に建つとされ、古代からの信仰を今に伝えています。また、学業の神様として文殊菩薩を祀る文殊堂、安産の神様として信仰される観音堂など、様々なご利益を求めて参拝者が訪れます。
山頂付近には「くぐり岩」をはじめとする巨石群が点在し、自然が作り出した造形美とともに、修験道の修行場としての雰囲気を醸し出しています。これらの奇岩怪石は、単なる自然の造形物ではなく、信仰の対象として長く崇められてきました。
原始林の生態系と世界遺産としての価値
天然記念物指定から世界遺産登録まで
弥山原始林は、日本の植物学史上重要な役割を果たしてきました。大正2年(1913年)、ベルリン大学教授のアドルフ・エングラー博士が弥山を訪れた際、ヤマグルマやマツブサなど植物系統学上貴重な植物を見て大いに感激し、「私は、できるならば一生ここに住んでここで死にたい」とまで激賞したと伝えられています。
この世界的な植物学者の強い勧めを受けて、三好学博士が天然記念物の指定を進言し、昭和4年(1929年)に国の天然記念物に指定されました。その後、昭和32年(1957年)には特別保護地区となり、平成8年(1996年)には厳島神社とともに世界文化遺産として登録されました。世界遺産に指定されている面積は、厳島神社の建物、前面の海、背景の弥山原始林を含む431.2ヘクタールに及び、宮島全域の約14パーセントを占めています。
多様な植生が織りなす奇跡の森
弥山原始林の植物の多様性は「日本の縮図」とも評されるほど豊かです。標高に応じて植生が変化し、山麓部の緩斜面には常緑広葉樹林が広がり、海抜300メートルより低い山地にはアカガシ・ウラジロガシ・ツクバネガシなどを伴うアカマツ林が形成されています。300メートル以上の山地では、ツガ林が発達し、山頂付近には珍しいツガ-アセビ群落が見られます。
特筆すべきは、暖温帯性針葉樹のモミと南方系高山植物ミミズバイが同居していることです。これは通常では見られない特異な植生分布で、弥山の自然環境の特殊性を示しています。また、原始的植物に分類されるマツブサは、葉の裏が粉をふいたように白いウラジロマツブサと呼ばれる珍しい種類です。
弥山には温暖地帯の植物、針葉樹などの北部温帯植物、原始植物など、実に多様な植物が自然のまま残されています。人々の居住地に近いところにこれほど豊かな原始林が残っているのは、弥山が古くから信仰の対象として保護されてきたためです。
研究と保護の継続的な取り組み
弥山の自然を科学的に研究し、保護していくため、昭和39年(1964年)には宮島西部の室浜に広島大学理学部附属自然植物実験所(現・広島大学大学院理学研究科附属宮島自然植物実験所)が設けられました。ここでは毎日観察と研究が続けられており、植物学の調査研究に欠かせない貴重なフィールドとなっています。
原始林にはシカなどの野生動物も生息しており、一万年以上前から変わらぬ営みが続いています。冬でも葉が生い茂り、実りをもたらす照葉樹の森は、動物たちに日々の糧を提供し、奇跡の景観を作り上げています。宮島桟橋付近で見かける人馴れしたシカも、もとは弥山に生息していた野生のシカの子孫です。

現代に受け継がれる弥山の価値
現在の弥山は、信仰の聖地としての役割を保ちながら、観光地としても多くの人々を魅了しています。宮島ロープウェーを利用すれば、体力に自信がない方でも比較的容易に山頂付近まで行くことができ、年間を通じて多くの参拝者や観光客が訪れています。
2013年には、建築家の三分一博志氏が設計した新しい展望台が完成しました。和モダンな建物は周囲の自然と美しく調和し、屋根は厳島神社回廊の床板からヒントを得た隙間を設けた構造で、心地よく風が通り抜けます。展望台からは360度のパノラマビューが楽しめ、瀬戸内海の多島美を一望できます。
弥山を守る活動も活発に行われています。「宮島弥山を守る会」では、定期的な清掃活動のほか、会員同士の交流会やイベント、勉強会、広報活動、植樹なども実施しています。特に「錫杖の梅」は環境変化や樹齢の影響で枯死寸前となっており、保護活動の一環として梅酒「錫杖の梅」を開発し、売上の一部を保護活動に充てる取り組みも行われています。
世界遺産としての価値を守りながら、多くの人々に弥山の魅力を伝えていくことは、簡単なことではありません。しかし、1200年以上にわたって信仰と自然が共存してきたこの霊山は、現代においても私たちに多くのことを教えてくれます。喧騒から離れ、静かな山道を歩きながら、古の人々が感じた神聖な空気を体感することは、現代人にとってかけがえのない経験となるでしょう。
よくある質問
弥山へはロープウェーを使わなくても登れますか?
はい、徒歩でも登山可能です。主要な登山道は「紅葉谷コース」「大聖院コース」「大元コース」の3つがあり、それぞれ約1時間半から2時間で山頂に到達できます。ただし、山道は階段が多く体力が必要なので、初心者の方はロープウェー利用がおすすめです。
消えずの火で沸かした霊水は本当に飲めますか?
霊火堂では実際に霊水を無料で飲むことができます。大茶釜で常に沸かされており、万病に効くと伝えられています。紙コップも用意されているので、参拝の際にはぜひお試しください。ただし、熱いのでやけどにご注意ください。
弥山原始林で珍しい植物は見られますか?
登山道沿いでヤマグルマ、マツブサ、ツガなどの貴重な植物を観察できます。特に山頂付近のツガ-アセビ群落は全国的にも珍しく、植物学的に重要です。ただし、採取は厳禁ですので、観察のみでお楽しみください。
弥山七不思議を全部見ることは可能ですか?
消えずの火、錫杖の梅、曼荼羅岩、干満岩は現在も見学可能です。しかし、龍灯杉としぐれ桜は枯れて株のみが残り、拍子木の音は深夜の現象なので、すべてを体験することは難しいのが現状です。
弥山登山のベストシーズンはいつですか?
春の新緑(4-5月)と秋の紅葉(11月)が特におすすめです。夏は暑さが厳しく、冬は寒さと積雪の可能性があります。ただし、年間を通じて登山は可能で、早朝の登山なら夏でも比較的涼しく、人も少ないので静かな参拝ができます。
大聖院と弥山本堂の関係を教えてください。
大聖院は空海が806年に開創した宮島最古の寺院で、弥山の麓にあります。弥山本堂は山頂近くにあり、空海が100日間の修行を行った場所です。両方とも真言宗の寺院で、大聖院から弥山本堂への参拝道も整備されています。
まとめ
弥山は、1200年以上前に弘法大師空海が開山して以来、信仰の聖地として大切に守られてきました。消えずの火や弥山七不思議に代表される神秘的な信仰の世界と、世界遺産にも登録された貴重な原始林という自然環境が、見事に調和している稀有な場所です。
古代から続く山岳信仰、空海による密教の聖地化、そして現代における世界遺産としての価値まで、弥山は時代とともに変化しながらも、その本質的な神聖さを失うことなく受け継がれてきました。標高535メートルという決して高くはない山ですが、その存在感と精神的な価値は計り知れません。宮島を訪れる際は、ぜひ弥山まで足を延ばし、この霊山が持つ特別な空気を体感してみてはいかがでしょうか。