宮島を訪れると、朱塗りの社殿が海に浮かぶ神秘的な光景に誰もが心を奪われます。この美しい景観が世界遺産として認められた背景には、どのような価値が評価されたのでしょうか。
平成8年(1996年)12月、厳島神社はユネスコの世界文化遺産に登録されました。社殿を中心とする厳島神社、前面の海、そして背後の弥山原始林を含む431.2ヘクタール—厳島全域の約14パーセントという広大な範囲が、人類共有の財産として認められたのです。この記事では、世界遺産登録に至る過程、評価された独自の価値、そして現在まで続く保護活動について詳しく解説していきます。

世界遺産登録までの歴史的経緯
日本における世界遺産条約の批准から暫定リスト入りまで
世界遺産条約は昭和47年(1972年)にユネスコ総会で採択された国際条約です。この条約の目的は、世界的に価値の高い文化遺産や自然遺産を人類共有の財産として認識し、それらが損壊や滅失の危機にあるとき、各国が協力して保存を図ろうとするものでした。
日本がこの条約を批准したのは平成4年(1992年)のこと。厳島神社は、日本が世界遺産条約に加盟したまさにその年、国内の世界遺産暫定リストに記載されました。長年にわたり国宝や重要文化財として保護されてきた歴史的価値、そして日本三景の一つとして広く知られる文化的重要性が、世界遺産候補としての推薦を後押ししたのです。
正式推薦から登録決定までの4年間
暫定リスト入りから3年後の平成7年(1995年)9月、日本政府は厳島神社を正式に世界遺産として推薦しました。この推薦書には、海上に建つ神社建築の独創性、平安時代の建築様式を今に伝える歴史的価値、そして自然と人工物が調和した景観美について、詳細な調査研究の成果が盛り込まれていました。
ユネスコの世界遺産委員会は、締約国から推薦された遺産を慎重に審査します。その遺産が「顕著な普遍的価値」を有していると認められたとき初めて、人類共有の財産として世界遺産一覧表に記載されるのです。厳島神社の場合、平成8年(1996年)12月、第20回世界遺産委員会において、4つの評価基準を満たす文化遺産として正式に登録が決定されました。
世界遺産登録の背景には長い歴史があります。
評価された4つの登録基準と独自の価値
基準(i):人類の創造的才能を表す傑作
厳島神社は、平安時代の貴族住宅である寝殿造りの様式を神社建築に応用した、世界でも類を見ない建築物です。平清盛の卓越した構想力により、弥山の深い緑を背景に、海上に朱塗りの社殿群を展開するという独創的な景観が創造されました。
この建築構想は、自然景観と人工建築物を一体として捉え、両者を調和させるという点で、人類の創造的才能を示す傑作として評価されています。満潮時には社殿が海に浮かんでいるように見え、干潮時には砂浜が現れて大鳥居まで歩けるという、潮の満ち引きを計算に入れた設計思想も、この評価を支える重要な要素です。
基準(ii):文化交流と建築様式の発展への影響
厳島神社の建築様式は、平安時代の貴族文化と神道信仰を融合させた独特のものであり、その後の日本における神社建築に大きな影響を与えました。寝殿造りという居住空間の様式を神社建築に取り入れることで、神と人との新しい関係性を建築的に表現したのです。
また、平清盛が瀬戸内海の海上交通を掌握していた時代、厳島神社には京の都から多くの貴族が参詣に訪れ、舞楽や管絃など洗練された都の文化がもたらされました。このような文化交流の場としての役割も、価値基準(ii)の評価につながっています。

基準(iv):12世紀の建築様式を今に伝える優れた例
現存する厳島神社の社殿の多くは、13世紀前半の仁治2年(1241年)に再建されたものです。当初、平清盛によって仁安3年(1168年)に造営された社殿は、承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で焼失しましたが、再建に際しては創建時の様式に忠実に従いました。
このため、現在の社殿は12世紀後半から13世紀初頭の建築様式をそのまま保存しており、平安時代末期の寝殿造りと鎌倉時代の建築技術を今日に伝える貴重な例となっています。海という過酷な環境に建ちながら、800年以上にわたり古い様式を維持し続けていることは、世界的にも極めて稀な事例です。
基準(vi):日本人の宗教観を示す普遍的価値
厳島は古来、島全体が神聖視され、主峰である弥山(標高535メートル)を中心に自然崇拝の対象とされてきました。神社が海上に建てられたのは、「神を斎(いつ)き祀(まつ)る島」として崇められていた神聖な土地に社殿を建てるのを避けるためだったと伝えられています。
さらに、厳島では神道と仏教が融合した神仏習合の信仰形態が顕著に見られました。明治時代の神仏分離令まで、大聖院などの寺院が神社と一体となって宮島の信仰を支えていました。このような多様な神々を崇拝する日本人の宗教観を代表する場所として、基準(vi)の評価を受けています。
世界遺産としての登録範囲と保護体制
431.2ヘクタールに及ぶ登録範囲
世界遺産として登録されたのは、厳島神社の社殿だけではありません。社殿を中心として、前面の海域、そして背後の弥山原始林を含む森林区域まで、合計431.2ヘクタールが登録範囲となっています。これは厳島全域の約14パーセントを占める広大な範囲です。
この登録範囲には、国宝に指定されている6棟の建造物(本社本殿・幣殿・拝殿、本社祓殿、摂社客神社本殿・幣殿・拝殿、摂社客神社祓殿、東廻廊、西廻廊)、重要文化財に指定されている11棟3基(大鳥居、五重塔、多宝塔など)が含まれています。また、弥山の原始林は国の天然記念物にも指定されており、宮島の面積の5.3パーセントにあたる約160ヘクタールが手つかずの自然として保護されています。
バッファゾーンによる多層的保護
世界遺産では、核心地域を保護するために「バッファゾーン(緩衝地帯)」という考え方を採用しています。宮島の場合、登録区域を除く厳島全島、および大鳥居より内側の海面と島を取り囲む一定範囲の海域が、バッファゾーンに指定されています。
このバッファゾーンは、構成資産地域を除く島全域で2,634.3ヘクタールに及びます。つまり、宮島全島が世界遺産の関連地域として、開発行為や景観変更に厳しい制限が課せられているのです。これにより、世界遺産の価値を損なうような建築物の建設や、自然景観を破壊する行為が防がれています。

世界遺産を守る継続的な保存活動
文化財保護法に基づく厳格な管理
世界遺産登録以前から、厳島神社と宮島は日本の文化財保護法により厳重に保護されてきました。昭和25年(1950年)の文化財保護法施行により、厳島神社の主要建造物は国宝もしくは国の重要文化財に指定され、厳島と神社前面の海域は国の特別史跡ならびに特別名勝に指定されました。
これらの指定により、建造物の現状変更や修理には文化庁長官の許可が必要となり、伝統的な技法と材料を用いた保存修理が義務付けられています。世界遺産登録後は、この国内法による保護に加えて、ユネスコの世界遺産条約に基づく国際的な監視体制も敷かれ、二重の保護網が機能しています。
地域住民と行政の協働による保護体制
世界遺産の保護は、行政機関だけでなく地域住民の協力なくしては成り立ちません。宮島では、島民の皆さんが古くから神域としての島の神聖さを守り、景観保全に努めてきました。鎌倉時代からは宮島全体が神社地として保護され、不必要な開発が抑制されてきた歴史があります。
現在では、広島県、廿日市市、厳島神社、宮島観光協会、地元住民が連携して、世界遺産の価値を次世代に継承するための活動を展開しています。定期的な清掃活動、景観保全のための建築規制、観光客への啓発活動など、多岐にわたる取り組みが行われているのです。
伝統技術の継承と修復活動
厳島神社の建造物は、海水や塩害という過酷な環境に常にさらされています。このため、定期的な点検と修理が欠かせません。海に浸かる木製の杭は腐食が進むため、定期的に点検を行い、腐食が判明した場合は根継ぎという伝統技法で補修が行われています。
平成31年(2019年)から令和4年(2022年)にかけては、大鳥居の大規模な保存修理工事が実施されました。この工事では、創建時の素材や工法を可能な限り保つことが求められ、時間をかけて調査と補修が行われました。また、宮島国有林は「世界文化遺産貢献の森林」に認定され、文化財の修復に必要な桧皮(ひわだ)や木材を継続的に供給する体制が整えられています。

現代に受け継がれる世界遺産としての価値
世界遺産登録から30年近くが経過した現在、厳島神社と宮島は年間400万人を超える観光客が訪れる国際的な観光地となっています。世界遺産としての認知度向上は、日本国内のみならず海外からの観光客増加にもつながり、地域経済の活性化にも大きく貢献してきました。
しかし、観光地化が進む一方で、世界遺産としての本質的な価値を保ち続けることの重要性も増しています。大量の観光客による社殿や自然環境への影響、景観を損なう商業施設の建設圧力など、新たな課題にも直面しています。世界遺産は登録されて終わりではなく、その文化的背景の独自性や伝統を継承していくことが求められているのです。
平成26年(2014年)には、世界遺産登録地域における景観保全のため、宮島まちづくり計画が策定されました。この計画では、建築物の高さ制限、色彩や素材の規制、屋外広告物の制限など、世界遺産にふさわしい景観を維持するための具体的な基準が定められています。地域住民、行政、観光関連事業者が一体となって、世界遺産の価値と地域の活力をバランスよく保つ取り組みが続けられているのです。
よくある質問
厳島神社はいつ世界遺産に登録されたのですか?
平成8年(1996年)12月に、ユネスコの第20回世界遺産委員会で正式に世界文化遺産として登録されました。日本で8番目の世界遺産で、同じ広島県の原爆ドームと同じ年に登録されています。
世界遺産に登録されているのは厳島神社の社殿だけですか?
いいえ、社殿だけではありません。厳島神社の社殿を中心として、前面の海域と背後の弥山原始林を含む431.2ヘクタールが登録範囲となっています。これは厳島全域の約14パーセントを占める広大な範囲です。
どのような価値が評価されて世界遺産に登録されたのですか?
4つの評価基準で認められました。(i)海上社殿という独創的な建築が人類の創造的才能を示すこと、(ii)神社建築の発展に影響を与えたこと、(iv)12世紀の建築様式を今に伝える優れた例であること、(vi)日本人の宗教観を示す普遍的価値があること、が評価されました。
バッファゾーンとは何ですか?
世界遺産の核心地域を保護するための緩衝地帯のことです。宮島では、登録区域を除く厳島全島と周辺海域がバッファゾーンに指定されており、開発行為や景観変更に厳しい制限が課されています。これにより世界遺産の価値が守られています。
世界遺産登録後、宮島はどのように変わりましたか?
登録後、国際的な知名度が大幅に向上し、海外からの観光客が急増しました。コロナ禍以前は年間400万人を超える観光客が訪れるようになり、地域経済の活性化にもつながりました。一方で、景観保全と観光のバランスを取ることが新たな課題となっています。
世界遺産を守るためにどのような活動が行われていますか?
文化財保護法に基づく厳格な管理、地域住民と行政の協働による保護体制、伝統技術を用いた定期的な修復活動などが行われています。また、宮島まちづくり計画により、建築物の高さや色彩、屋外広告物などに規制が設けられ、世界遺産にふさわしい景観が維持されています。
観光客として世界遺産保護に協力できることはありますか?
はい、いくつかあります。社殿や文化財に触れないこと、ゴミを持ち帰ること、指定された場所以外に立ち入らないこと、鹿に餌を与えないことなど、基本的なマナーを守ることが大切です。また、世界遺産の価値を理解し、その歴史や意義を学ぶことも、保護につながる重要な行動です。
まとめ
厳島神社の世界遺産登録は、海上に建つ独創的な神社建築、平安時代の様式を今に伝える歴史的価値、そして自然崇拝を基盤とする日本人の宗教観が、国際的に認められた証です。平成4年(1992年)の暫定リスト入りから、平成8年(1996年)の正式登録まで、多くの調査研究と関係者の努力が実を結びました。
登録から30年近くが経過した現在も、文化財保護法による厳格な管理、地域住民と行政の協働、伝統技術を用いた修復活動など、多層的な保護体制により世界遺産の価値が守られています。431.2ヘクタールの登録範囲と、厳島全島に及ぶバッファゾーンによる保護は、建築物だけでなく周辺の自然環境まで含めた総合的な文化的景観を次世代に継承するための取り組みです。
世界遺産は登録されて終わりではありません。その文化的背景の独自性や伝統を守り続け、同時に観光地としての活力も維持していくという難しいバランスを取りながら、宮島は人類共有の財産としての責任を果たし続けています。私たち一人ひとりが世界遺産の価値を理解し、その保護に協力することが、この貴重な文化遺産を未来へと受け継ぐ鍵となるのです。