畳857枚分の広さがあると言われる豊国神社(通称:千畳閣)

「豊国神社」は、出世の神様と言われている豊臣秀吉をお祀りしています。
豊臣秀吉が天正15年(1587年)に発願し、安国寺恵瓊(あんこくじけいえい)に武士の供養堂の建設を命じましたが、慶長3年(1598年)秀吉の急死により天井の板張りや建物の外構などが未完成のままとなっています。
857畳の畳を敷き詰められるほどの広さがあり、「豊国神社」別名「千畳閣」と呼ばれる所以となっています。実際に畳が敷き詰められているのではなく、板張りになっています。「千畳閣」の瓦には「王」の文字が刻まれ「厳島神社」を見渡せる高い場所に建っており、秀吉の権力を印象付けたいという意図があったのかもしれません。もしも完成していたら、それは豪華な大経堂になっていたことでしょう。

中に入るとかなりの広さがあります。数々の絵馬が掲げられており、江戸時代に奉納された絵馬は「厳島神社」の回廊などに掛けられていましたが、明治時代からこちらに移されたそうです。柱こそあるものの、周りに壁がないので大変見晴らしが良いです。「厳島神社」や大鳥居も見渡すことができます。中はひんやりとしているので、外側の日がさす場所で暖を取るように床に座って景色を眺めている方がたくさんいらっしゃいました。
周りがよく見えるので、厳島の戦いの時に陶方の本陣がおかれ「塔の岡」と呼ばれていたそうです。
「豊国神社」からの眺めの良さは必見

「厳島神社」や瀬戸内海を真下に見下ろせる絶景を楽しめます。特に天気の良い日は爽やかです。撮影日は3月でしたが、夏や秋の景色も素晴らしいことでしょう。昇殿料100円とリーズナブルなので気軽に訪れることができます。
歴史を感じながら高台から四季の景色を楽しめるので、是非訪れてみてください。
情報は変更になる場合があります。おでかけの際は公式サイトなどで最新の情報をご確認のうえ、おでかけください。
豊国神社(千畳閣)の見どころ
瓦
豊国神社の軒丸瓦には「王」の文字が刻まれており、一番外側に葺かれる瓦には金箔が施されています。この煌びやかな装飾は、まさに桃山文化の華やかさを感じさせ、秀吉の絶対的な権力を示しています。
瓦の輝きを見るたびに、歴史の重みと同時に秀吉の威厳を感じずにはいられません。まさに歴史が息づく瞬間です。
屋根
豊国神社の屋根は未完成のまま、そのために天井と壁に板が張られていない状態です。しかし、多くの支柱が屋根を支えることで開放感が生まれています。この工法は秀吉の建造物によく見られるもので、築城の名手としての秀吉のこだわりが感じられます。
この屋根を見上げると未完成ながらもその美しさに驚かされ、支柱が作り出す空間はまるで歴史の舞台に立っているかのような錯覚を起こします。
床板
豊国神社の床板は二重構造で、厚さ約10㎝の丈夫な造りになっています。これは海風で傷ついた床板を補強するための工夫であり、宮島の岬に立つ豊国神社ならではの対策です。
この頑丈な床板を踏みしめると、その重厚感に驚かされます。まるで時を越えてしっかりと立っているような安心感があります。
絵馬
豊国神社は日本三大絵馬奉納所の一つとされています。江戸時代に奉納された絵馬や厳島神社の景観が描かれた絵馬があり、その色彩や美しさに目を奪われます。これらの絵馬は厳島神社の宝物殿でも展示されています。
絵馬を見ていると、その鮮やかな色使いや細部に込められた思いが伝わってきます。歴史と芸術が融合したこの場所で、心が豊かになる瞬間を感じてください。
しゃもじ
豊国神社内には特大のしゃもじが祀られています。宮島は木製しゃもじの日本一の産地であり、この産業を広めたのは誓真という僧侶です。しゃもじは戦勝祈願で奉納され、「勝利をすくい取る」とされています。
この巨大なしゃもじには勝利や成功を象徴する力強さを感じさせられ、伝統と信仰が深く結びついていることを実感します。
出世のご利益があるとされている!?
豊国神社の祭神である豊臣秀吉は、出世のご利益があるとされています。秀吉は「人たらし」とも称され、中国地方を調略で傘下に収めたことで知られています。そのため、仕事や人間関係の向上、幸運招来、良縁招来などのご利益があるとされています。
豊国神社の「床下」にも注目
豊国神社の床下も見どころの一つです。壁がなく見晴らしが良く、境内散策後には縁側で景色を楽しむことができます。床下の「十六角の柱」は特に注目すべきで、ひび割れ防止のため中心からずれて四角形に切り出され、多角柱や円柱に加工されています。この柱は通常の八角形ではなく、十六角形となっており、秀吉のこだわりが感じられます。
床下を歩くとその独特な構造と景色の美しさに感動させられ、柱の技術に触れることで建築の奥深さを再認識することができます。







