宮島の厳島神社を象徴する朱塗りの大鳥居を見上げると、「これだけ巨大な鳥居が、なぜ海の中で倒れずに立っていられるのか」という疑問が自然と湧いてきます。
実は、この大鳥居は地面に埋められているのではなく、約60トンという驚異的な重さを活かして自分の力だけで立っているのです。明治8年(1875年)に建立されて以来、台風や地震にも耐え抜いてきた古の建築技術には、現代にも通じる工学的な知恵が詰まっています。

大鳥居が倒れない理由を技術面から解説
驚異の重量バランス設計
厳島神社の大鳥居が倒れない最大の理由は、その圧倒的な重量にあります。高さ約16.6メートルの現在の大鳥居は、総重量が約60トンという巨大な構造物です。この重量は単純に木材の重さだけではなく、計算された重量配分の結果なのです。
最も重要な仕組みが、鳥居の最上部にある島木と笠木の内部構造です。通常の鳥居とは異なり、厳島神社の大鳥居の島木と笠木は箱状に作られており、その内部には約7トンもの重りとして、人間の頭ほどの大きさの石が詰め込まれています。この重りにより、鳥居全体の重心が下がり、風や波による揺れを抑制する効果を生んでいます。
千本杭工法による地盤強化
海中の軟らかい砂地に60トンもの重量物を安定させるため、古来より「千本杭工法」という特殊な地盤強化技術が用いられています。各主柱と袖柱の足元には、それぞれ30本から100本の松材の杭が約50センチメートルの深さまで密に打ち込まれています。
現在では、この松杭の上に厚さ45センチメートルのコンクリート基礎が補強され、さらにその上に厚さ24センチメートルの花崗岩の布石(敷石)が敷き並べられています。大鳥居は、この強固な基礎の上に、完全に自重だけで立っているのです。地面に埋め込まれているわけではなく、まさに「置かれているだけ」という状態で安定を保っています。

両部鳥居の構造的特徴と安定性
6本柱による分散支持システム
厳島神社の大鳥居は「両部鳥居(りょうぶとりい)」と呼ばれる形式で、主柱2本の前後に袖柱(そでばしら)が2本ずつ、合計6本の柱で構成されています。この構造により、荷重が効率よく分散され、単純な2本柱の明神鳥居と比べて格段に安定性が向上しています。
主柱と袖柱は、上下2か所で差貫(さしぬき)を差し通し、楔(くさび)で締めることで一体化されています。この継手技術により、6本の柱が協力して荷重を支え、横からの力にも強い構造を実現しています。全国の鳥居の約90パーセントが明神鳥居であることを考えると、両部鳥居は特に安定性を重視した設計といえます。
クスノキの優れた材質特性
大鳥居の主柱には、樹齢約500年のクスノキの自然木が使用されています。現在の9代目大鳥居では、東柱が宮崎県産、西柱が香川県産のクスノキが用いられており、1950年の修理時にはさらに福岡県と佐賀県産のクスノキで根継ぎが行われています。
クスノキが選ばれる理由は、その卓越した材質特性にあります。他の木材と比べて比重が重く、腐食に強く、虫害を受けにくいという三つの特徴を併せ持っています。特に海水に常時晒される厳島神社の環境において、この耐久性は極めて重要です。さらに、表面の光明丹(こうみょうたん)という朱色の塗料は、単なる美観のためではなく、防錆と防腐の実用的な効果を持っています。

自然災害への耐性と歴史的実績
大鳥居が真の試練を受けるのは、台風や地震といった自然災害の時です。現在の9代目大鳥居は、明治8年(1875年)の建立から約150年にわたって、数多くの台風や地震を経験してきました。平成3年の台風第19号では厳島神社が大きな被害を受けましたが、大鳥居は持ちこたえています。
この耐災害性の秘密は、重量による安定性と、海水中の酸素が少ない環境が木材の腐朽を抑制することにあります。一方で、海洋生物による被害もあり、フナクイムシやキクイムシによる蝕害、シロスジフジツボの付着などは避けられません。これらの問題に対しては、定期的な保守工事によって対処されています。
2019年から2022年にかけて行われた約70年ぶりの大規模修復工事では、外見からは分からなかった直径40~50センチメートル、深さ約4メートルにも及ぶ空洞が発見されました。シロアリや腐朽菌による被害が判明し、埋木による修理、耐震補強、屋根の檜皮葺き替え、全体の塗装が実施されています。
現代に受け継がれる古代建築技術の価値
厳島神社の大鳥居に用いられている技術は、平安時代から受け継がれてきた日本建築の粋を集めたものです。千本杭工法は現代の軟弱地盤対策にも通じる考え方であり、重量バランスによる安定化は、現在の高層建築物の制振技術にも応用されています。
特に注目すべきは、「自重で立つ」という発想です。現代の建築では基礎に固定することが当然とされがちですが、大鳥居は地震の際に基礎と一体化して倒壊するリスクを避け、適度な「遊び」を持たせることで長期間の安定を実現しています。この考え方は、伝統的な木造建築の「柔構造」の思想と共通しています。
また、宮島町有志による「宮島千年委員会」では、将来の大鳥居修理に備えてクスノキの育成事業を継続しており、厳島の国有林内に「悠久の森」を設けて次世代用材の確保に取り組んでいます。この取り組みは、伝統技術の継承という文化的側面だけでなく、持続可能な資源管理の観点からも現代的な意義を持っています。
よくある質問
大鳥居はどうして地面に埋められていないのに倒れないのですか?
大鳥居は約60トンという巨大な重量と、島木内部の7トンの重りによる低重心設計で自立しています。さらに千本杭工法により強化された基礎の上に置かれており、地面に埋め込まなくても十分な安定性を確保しています。
なぜクスノキが使われているのですか?
クスノキは比重が重く、腐りにくく、虫に強いという海洋環境に最適な特性を持っているからです。特に海水に常時晒される環境では、この耐久性が極めて重要で、他の木材では長期間の使用に耐えられません。
千本杭とはどのような技術ですか?
軟弱な海底地盤を強化する古来の工法で、松材の杭を30~100本密に打ち込み、その上にコンクリートと花崗岩の基礎を構築します。現代の杭基礎工法の先駆けともいえる技術です。
台風や地震で倒れる心配はありませんか?
現在の大鳥居は明治8年から約150年間、数多くの台風や地震に耐えてきました。2019~2022年の大規模修理により耐震補強も実施されており、定期的な保守により安全性が維持されています。
大鳥居の朱色にはどんな意味がありますか?
朱色の塗料(光明丹)には防錆・防腐効果があり、単なる装飾ではなく実用的な機能を持っています。美しさと実用性を兼ね備えた伝統技術の表れです。
現在の大鳥居は何代目ですか?
平清盛時代の初代から数えて9代目です。明治8年(1875年)に再建され、直近では2022年12月に約70年ぶりの大規模修復工事が完了しています。
まとめ
厳島神社の大鳥居が倒れない理由は、単純な構造に見えて実は高度な工学的計算に基づいた設計にあります。約60トンの重量による自立、千本杭工法による地盤強化、クスノキの優れた材質特性、6本柱による荷重分散システムなど、古代の工匠たちの知恵が現代にも通じる建築技術として結実しています。
海という過酷な環境の中で約150年間立ち続けている大鳥居は、日本建築技術の最高峰であると同時に、持続可能な建築の在り方を示す貴重な文化遺産でもあります。次回宮島を訪れる際は、その美しい姿だけでなく、背景にある深い技術的知恵にも思いを馳せてみてください。