宮島を訪れる多くの方が、「宮島」と「厳島」という二つの呼び方について疑問を持たれることでしょう。観光パンフレットでは「宮島」、地図では「厳島」、神社の名前では「厳島神社」と、さまざまな表記が混在しているのを目にしたことがあるのではないでしょうか。
実は、どちらも同じ島を指していますが、歴史的な成り立ちと使用される文脈に明確な違いがあります。正式名称である「厳島」は古代から続く由緒ある呼び方で、「宮島」は江戸時代から親しまれるようになった通称です。この使い分けには、島の神聖な歴史と人々の信仰心が深く関わっています。

「宮島」と「厳島」の名前の歴史をたどる
古代から続く「厳島」という呼び方
「厳島」という名前は、実に1400年以上も前の飛鳥時代から使われ続けている歴史ある呼び方です。推古天皇元年(593年)に厳島神社が創建された際の記録に、すでに「厳島」という名前が登場しています。この時代は聖徳太子が活躍していた頃で、日本の古代史において重要な転換期でした。
「厳島」の名前の由来については、複数の説が伝えられています。最も有力とされるのは、「イツク」という古い言葉から来ているという説です。「イツク」とは「心身の穢れ(けがれ)を除き、身を清めて神に仕える」という意味を持つ言葉で、まさに島全体が神聖な場所として崇められていたことを表しています。
また、厳島神社の主祭神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の「イチキシマ」が「イツクシマ」に転訛(てんか)したという説も有力です。いずれにしても、古代から島そのものが神として信仰の対象とされており、人が住むことすら許されない神聖な場所だったのです。
江戸時代から親しまれた「宮島」の名前
一方、「宮島」という呼び方が広まったのは、江戸時代に入ってからのことです。平安時代末期の源通親による紀行文『高倉院嚴島御幸記』に「宮島」の名前が現れていますが、一般的に広まったのは厳島合戦(1555年)後、特に江戸時代初期に広島藩が宮島を藩直轄地に定めてからでした。
「宮島」という名前は、まさに文字通り「お宮(厳島神社)がある島」という意味で名付けられました。江戸時代に入ると、伊勢神宮への参拝ブーム(お伊勢参り)の余波で、厳島神社への参拝客も急激に増加しました。参拝客たちが「神社のある島」として親しみを込めて「宮島」と呼ぶようになり、次第にこの呼び方が定着していったのです。
ただし、同名の地名が他にも存在したため、区別するために「安芸の宮島」と呼ばれることが多くありました。安芸とは現在の広島県西部を指す旧国名で、この表現によって瀬戸内海の名勝として特別な地位を確立していきました。
正式名称と通称はどう使い分けられている?
国土地理院の地図では「厳島」が正式表記
現在、国土地理院が発行する公式な地図では、この島の名前は「厳島」と表記されています。これが地理的・行政的に正式な島の名称となっているのです。国土地理院は日本の地図作成を担う国の機関で、全国の地名や地形を正確に記録・管理しており、その公式見解では「厳島」が正しい島名とされています。
学術的な文献や公文書においても、多くの場合「厳島」という表記が使用されます。考古学的調査報告書、歴史学の研究論文、文化財保護に関する公的文書などでは、正式名称としての「厳島」が採用されているのです。これは学問的な正確性を重視する分野では、公式な地名表記を使用することが原則となっているためです。
行政と観光での使い分けパターン
興味深いことに、行政上の扱いでも「厳島」と「宮島」の使い分けが見られます。1889年(明治22年)の町制施行時には「厳島町」という名前でしたが、第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)には「宮島町」に変更されました。現在は廿日市市に合併されて「廿日市市宮島町」という住所表記になっています。
観光業界では「宮島」という呼び方が圧倒的に多く使用されています。これは「宮島」の方が親しみやすく、覚えやすいことが理由の一つです。観光パンフレット、ホテルの名称、旅行会社のツアー名などでは「宮島」が使われることがほとんどです。ただし、歴史の長さや荘厳さを演出したい場合には「厳島」が使用されることもあります。

神社の正式名称は「嚴島神社」
厳島神社については、正式な表記は旧字体を使った「嚴島神社」となっています。これは神社としての格式と伝統を重んじた表記で、公式文書や重要な場面では必ずこの字体が使用されます。ただし、一般的には新字体の「厳島神社」も広く使われており、どちらも正しい表記として認められています。
神社の社格や歴史的価値を考慮すると、「嚴島神社」という表記には特別な意味があります。推古天皇元年(593年)の創建以来、1400年以上にわたって人々の信仰を集め続けてきた神社の威厳と格式を表現する表記なのです。
現代における呼び方の意味と影響
地元の人々はどちらを使っているの?
地元の住民の間では、実際のところ両方の呼び方が自然に使い分けられています。日常的な会話では「宮島」が使われることが多く、特に観光客との会話や商売の場面では「宮島」が主流です。一方、神事や伝統行事、格式のある場面では「厳島」という呼び方が選ばれることが多くあります。
興味深いことに、地元の商店や旅館などの屋号には「宮島」を使用することが多く、「宮島○○旅館」「宮島○○商店」といった具合に親しみやすさを重視した命名が見られます。一方で、歴史ある寺社や文化的施設では「厳島」を使用する傾向があり、その場所が持つ格式や伝統を表現しています。
国際的な知名度と表記の統一
国際的な場面では、統一した表記が重要な課題となっています。1996年のユネスコ世界文化遺産登録では「Itsukushima Shinto Shrine」として登録されており、国際的には「Itsukushima」が正式な表記となっています。しかし、観光プロモーションでは「Miyajima」の方が覚えやすく親しみやすいという理由で併用されることが多くあります。
外国人観光客向けの案内では、「Miyajima (Itsukushima)」のように両方を併記することで、正確性と親しみやすさの両方を確保する工夫が見られます。これにより、訪問者が混乱することなく、島の正式名称と通称の両方を理解できるようになっています。

現代に受け継がれる二つの名前の価値
「厳島」と「宮島」という二つの呼び方が現代まで残り続けていることは、実は非常に価値のあることです。これは単なる表記の違いではなく、島に対する人々の様々な想いや関わり方を表現しているからです。
「厳島」という正式名称は、古代から続く神聖な歴史と伝統を象徴しており、島全体が神域として崇められてきた精神的価値を現代に伝えています。一方で「宮島」という通称は、人々が親しみを込めて呼び続けてきた愛称であり、観光地としての親しみやすさと地域への愛着を表現しています。
この二つの名前が共存することで、宮島は格式ある聖地でありながら、同時に親しみやすい観光地でもあるという、独特の魅力を持つ場所となっているのです。現代の観光業においても、厳島神社の荘厳さを求める参拝者と、宮島の自然や文化を楽しむ観光客の両方を受け入れる土壌となっています。
まとめ
「宮島」と「厳島」の違いについて、歴史的経緯から現代の使い分けまでを詳しく見てきました。どちらも間違いではなく、それぞれに深い意味と価値があることがお分かりいただけたでしょうか。
正式な島の名称は「厳島」ですが、親しみを込めて「宮島」と呼ぶことも全く問題ありません。むしろ、この二つの呼び方が共存していることが、島の豊かな歴史と文化の多様性を物語っているのです。次に宮島を訪れる際は、ぜひこの知識を思い出しながら、島の魅力をより深く感じ取ってください。
参考文献・出典
- Dive! Hiroshima:宮島をもっと深く知ろう
- 一般社団法人宮島観光協会:宮島の歴史
- Wikipedia:厳島
- Wikipedia:厳島神社
- 宮島町史編纂委員会『宮島町史 通史編』宮島町、1992年