瀬戸内海に浮かぶ厳島神社には、平安時代から現代まで脈々と受け継がれてきた貴重な宝物が大切に保存されています。国宝・重要文化財に指定される文化財は約260点にも及び、その多くは平家一門をはじめとする時の権力者たちが、繁栄への祈りと信仰の証として奉納したものです。
これらの宝物群は、単なる美術工芸品の集合体ではありません。平安時代の貴族文化の粋を今に伝える第一級の歴史資料であり、日本の装飾経典や武具工芸の最高峰を示す作品群として、世界的にも類を見ない価値を有しています。

厳島神社宝物の歴史的経緯と奉納背景
平家一門による大規模奉納の始まり
厳島神社への宝物奉納が本格化したのは、平安時代後期の12世紀、平清盛が安芸守として赴任し、厳島神社を篤く崇敬するようになってからのことです。長寛2年(1164年)、平清盛は一門の繁栄を祈願し、後に国宝となる「平家納経」を奉納しました。これを皮切りに、平家一門による武具や調度品の奉納が相次ぎ、厳島神社は平家の守護神として、その栄華を物語る宝物の殿堂となりました。
平家滅亡後も、時の権力者たちは厳島神社への信仰を続け、鎌倉時代には源氏、室町時代には大内氏、戦国時代には毛利氏、江戸時代には浅野氏と、各時代の支配者が競うように宝物を奉納しました。特に注目すべきは、承安4年(1174年)から治承年間(1177-1181年)にかけて、後白河法皇や高倉上皇が行幸の際に奉納した古神宝類です。これらは安徳天皇遺愛の品とも伝えられ、平安時代の宮廷文化を今に伝える貴重な資料となっています。
宝物保存の伝統と継承システム
厳島神社では、創建以来1400年以上にわたって宝物を大切に守り伝えてきました。歴代の神主家である佐伯氏や藤原氏は、これらの宝物を単なる奉納品としてではなく、神社の歴史と信仰を物語る証として扱い、厳格な管理体制のもとで保存してきました。江戸時代には、福島正則や浅野氏によって平家納経の修復が行われるなど、各時代の為政者も宝物の保存に尽力しています。
平家納経を筆頭とする国宝の特徴と価値
装飾経の最高峰「平家納経」の美
厳島神社の宝物の中でも最も有名なのが、国宝「平家納経」です。法華経30巻、阿弥陀経1巻、般若心経1巻、そして平清盛自筆の願文1巻の全33巻から成るこの装飾経は、平安時代の美意識を極めた芸術作品です。清盛の願文に「善を尽くし、美を尽くし」とあるように、金銀箔や野毛(のげ)、砂子(すなご)がふんだんに使われた料紙に、色鮮やかな顔料で描かれた見返し絵は、まさに平家の栄華を物語る豪華絢爛な装飾となっています。
各巻は平家一門32名がそれぞれ分担して書写し、巻ごとに異なる装飾が施されています。特に注目すべきは、各巻の見返し絵に描かれた「やまと絵」です。優美な公達の野遊びの情景や、葦手(あしで)絵の技法を用いた風景画など、平安時代の宮廷絵画の粋を集めた作品群となっています。また、経典を納める金銀荘雲龍文銅製経箱や、慶長7年(1602年)に福島正則が献納した蔦蒔絵唐櫃も、工芸技術の高さを示す逸品です。

武具の国宝群が示す武家文化
厳島神社には、平安時代から鎌倉時代にかけての優れた武具も多数所蔵されています。国宝に指定される甲冑は4領あり、中でも「小桜韋黄返威鎧(こざくらがわきがえしおどしよろい)」は、源為朝奉納と伝わる平安時代後期の大鎧です。鹿のなめし革に小桜模様を染め、さらに黄色を重ね染めする「黄返」という技法が用いられ、豪壮な中にも優美さを併せ持つ逸品となっています。
「紺絲威鎧(こんいとおどしよろい)」は、平清盛の嫡男・平重盛の奉納と伝えられ、黒漆塗りの鉄と革の小札を紺色の太い糸で威した、精緻で雅な趣のある大鎧です。これらの甲冑は、実戦用というよりも奉納用として特別に製作されたもので、金具飾りなどに凝った装飾が施されています。また、国宝「太刀 銘友成作」は、古備前派の名工・友成の作で、平安時代の刀剣工芸の最高水準を示す名刀として知られています。
武具・甲冑・神宝類の多様な宝物群
後白河法皇ゆかりの古神宝類
厳島神社の古神宝類は、承安4年(1174年)から治承年間にかけて、後白河法皇や高倉上皇が参詣の際に奉納したものが中心となっています。これらは長らく安徳天皇の遺愛の品と伝えられてきましたが、神主家の記録により、法皇や上皇の奉納品であることが判明しました。宝相華(ほうそうげ)文様や鳳凰を螺鈿(らでん)で装飾した華麗な飾太刀、大和錦の半臂(はんぴ)、優美な絵が描かれた檜扇(ひおうぎ)など、平安時代の貴族文化の典雅な趣を伝える貴重な遺品です。
特に注目すべきは、寿永2年(1183年)に神主・佐伯景弘が調進した朱漆飾太刀箱と松喰鶴小唐櫃です。これらには調進者と年月日の銘が記されており、制作年代が明確な工芸品として美術史上も重要な位置を占めています。松の小枝をくわえて飛ぶ鶴の群れを蒔絵で表現した小唐櫃は、平安時代の漆工芸の技術の高さを示す傑作です。
舞楽面と芸能関連の宝物
厳島神社は古くから舞楽の奉納で知られ、重要文化財に指定される舞楽面が7面保存されています。二ノ舞(にのまい)、採桑老(さいしょうろう)、納曾利(なそり)、抜頭(ばとう)、還城楽(げんじょうらく)、陵王(りょうおう)などの面は、いずれも鎌倉時代から室町時代にかけて制作されたもので、当時の舞楽文化を今に伝える貴重な資料となっています。
また、舞楽や能楽に使用された装束類も多数所蔵されており、繍箔鳳凰鴛鴦菊文(しゅうはくほうおうえんおうきくもん)などの狂言装束は、金糸銀糸を用いた豪華な刺繍が施された逸品です。これらの芸能関連の宝物は、厳島神社が単なる信仰の場ではなく、文化芸術の中心地でもあったことを物語っています。

現代に受け継がれる宝物の価値
厳島神社の宝物は、昭和9年(1934年)に建設された宝物館において、最新の保存技術により管理されています。建物は当時としては画期的な耐火性を持つ鉄筋コンクリート造で、表面に漆を塗ることで神社建築との調和を図っています。国宝・重要文化財の実物は、温湿度管理が徹底された収蔵庫で保管され、通常は精巧な複製品が展示されていますが、年に一度開催される「宝物名品展」では、実物を間近に鑑賞できる貴重な機会が設けられています。
これらの宝物群は、単に過去の遺産として保存されているだけでなく、現代においても日本文化の源流を学ぶ重要な教材となっています。平家納経の装飾技法は現代の工芸作家たちに影響を与え続けており、武具類は日本の金工・漆工技術の発展史を物語る貴重な資料として、研究者たちの注目を集めています。また、2004年の台風被害からの復興の際には、これらの宝物を守り伝えることの重要性が改めて認識され、文化財保護への理解と支援の輪が広がりました。
よくある質問
厳島神社の国宝は全部で何点ありますか?
厳島神社が所蔵する国宝は、建造物6棟と美術工芸品を合わせて計17件あります。美術工芸品では平家納経、小桜韋黄返威鎧など4領の甲冑、太刀、古神宝類、檜扇、金銅密教法具などが国宝に指定されています。
平家納経の実物を見ることはできますか?
平家納経の実物は保存上の理由から通常は非公開です。宝物館では精巧な複製が展示されていますが、年1回秋に開催される「宝物名品展」で数巻が公開されることがあります。また、数年に一度、国立博物館での特別展に出品される場合もあります。
宝物館の入館料はいくらですか?
宝物館の入館料は大人300円、高校生200円、小中学生100円です。厳島神社の拝観料とは別料金ですが、神社の券売所で共通券を購入すると割引があります。開館時間は8時から17時まで、年中無休で開館しています。
なぜ平清盛は厳島神社に多くの宝物を奉納したのですか?
平清盛は安芸守在任中に夢のお告げを受けて厳島神社を崇敬するようになったと伝えられています。瀬戸内海の制海権を握る戦略的な重要性もあり、一門の繁栄と海上交通の安全を祈願して、平家納経をはじめとする多くの宝物を奉納しました。
宝物はどのように保管されていますか?
国宝・重要文化財は温度20℃前後、湿度55%前後に管理された収蔵庫で保管されています。定期的に虫害調査や状態確認が行われ、必要に応じて修復も実施されます。台風などの自然災害に備えた防災設備も完備されています。
厳島神社の甲冑の特徴は何ですか?
厳島神社の甲冑は平安時代後期から鎌倉時代初期の大鎧で、実戦用ではなく奉納用として特別に製作されたものです。装飾性が高く、小札の幅が広く威毛も太いという特徴があり、当時の最高級の材料と技術で作られています。
まとめ
厳島神社の宝物群は、平安時代から現代まで約900年にわたって大切に守り伝えられてきた、日本文化の粋を集めた貴重な文化財です。国宝17件を含む約260点の宝物は、平家納経に代表される装飾経典、武家文化を物語る甲冑・刀剣類、宮廷文化の優美さを伝える古神宝類、そして舞楽・能楽の芸能文化を示す面や装束など、多岐にわたる分野の最高傑作が揃っています。
これらの宝物は、単に美術的価値が高いだけでなく、各時代の信仰のあり方、技術の発展、美意識の変遷を物語る第一級の歴史資料でもあります。現代においても、適切な保存管理のもとで次世代に継承されており、日本の文化財保護の模範となっています。厳島神社を訪れた際には、ぜひ宝物館にも足を運び、これらの至宝が語る悠久の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。