なぜ宮島は世界中の人々に愛され、保護すべき遺産として認められたのでしょうか。美しい海上社殿を目にした多くの方が、この疑問を抱かれることでしょう。
厳島神社の世界遺産登録は、海上に建つ独創的な社殿建築、平安時代から続く文化的価値、そして弥山原始林との調和した景観が国際的に高く評価されたためです。1996年12月16日、ユネスコの第20回世界遺産委員会で正式に登録決定となり、同時期に原爆ドームも世界遺産となりました。この登録は、日本の文化と自然の両方の価値を世界に示す重要な出来事となったのです。

世界遺産登録に至る歴史的経緯を振り返る
世界遺産条約と日本の取り組み
世界遺産条約は1972年にユネスコ総会で採択され、人類共有の貴重な文化遺産と自然遺産を保護することを目的としています。日本は1992年にこの条約を批准し、厳島神社は1992年に暫定リストに記載され、1995年9月に正式推薦されました。
宮島は古くから「神を斎き祀る島」として崇められ、島全体が神聖視されてきました。この特異な信仰形態と、平清盛による12世紀の大規模な造営が、世界的にも類例のない海上社殿群を生み出したのです。
登録審査で評価された独自性
厳島神社の特徴は、単なる建築の美しさだけではありません。海上に建つ木造建造物群と背後の弥山原始林が一体となって創り出す景観、そして1400年以上にわたって維持されてきた信仰の連続性が高く評価されました。
特に重要だったのは、平安時代の寝殿造様式を海上建築に応用した独創性です。貴族の邸宅建築を神社建築に取り入れ、回廊で結ばれた社殿群が海上に展開する光景は、世界でも例を見ない大胆な構想でした。
厳島神社が満たした4つの評価基準とは

基準(i):人類の創造的才能を表す傑作
厳島神社は「人間の創造的才能を表現する傑作」として評価されました。海上に建ち並ぶ建造物群と背後の自然が一体となった景観は、まさに人類の創造性の結晶です。平清盛による12世紀の造営は、地形的制約を逆手に取った革新的な発想の産物でした。
満潮時には社殿が海に浮かんでいるように見え、干潮時には歩いて大鳥居まで近づくことができる。この劇的な変化こそが、厳島神社の最大の魅力となっています。
基準(ii):文化の交流を示すもの
厳島神社は「建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた価値観の交流」を示す遺産として認定されました。弥山をご神体として祀り、山と海が一体化した独自の景観は、日本の社殿建築の中でも特異なスタイルを確立しています。
また、都の文化が持ち込まれることで、神道と仏教が融合した神仏習合の形態も発達しました。現在でも厳島神社の敷地内に五重塔が存在するなど、この文化的交流の痕跡を見ることができます。
基準(iv):歴史上の重要段階を物語る建築
「歴史上の重要な段階を物語る建築物の集合体」としても認定されています。現存する社殿は1241年に再建されたものですが、平安時代の寝殿造様式を忠実に継承しており、当時の建築技術と美意識を現代に伝える貴重な遺産です。
6棟が国宝、11棟・3基が重要文化財に指定されている建造物群は、平安・鎌倉時代の建築技術の粋を集めた文化財としての価値も極めて高いのです。
基準(vi):宗教・伝統・芸術との関連
「優れた普遍的意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、芸術的作品と直接関連するもの」として、神道の聖地としての価値も認められました。1400年以上にわたって継続されてきた信仰は、日本の精神文化の根幹を成すものです。
毎年7月に行われる管絃祭をはじめとする伝統行事は、平安時代から続く雅楽や舞楽の文化を現在に伝えており、無形の文化的価値も併せ持っています。
世界遺産の登録範囲と保護システム
431.2ヘクタールの核心地域
世界遺産として登録された区域は、厳島神社の社殿群、前面の海域、そして背後の弥山原始林を含む431.2ヘクタールです。これは宮島全体の約14%にあたる広範囲で、単なる建造物だけでなく、自然環境も含めた包括的な保護が行われています。
登録区域の境界線は大鳥居より内側の海域となっており、潮の満ち引きする海面も世界遺産の一部として保護されているのです。これは海上社殿という特性を踏まえた、極めて特徴的な登録範囲設定と言えるでしょう。
島全体を守る緩衝地帯
世界遺産では「核心地域」を保護するため、その周囲に「緩衝地帯(バッファーゾーン)」を設定します。宮島では厳島全島と周辺海域が緩衝地帯に指定され、2,634.3ヘクタールの広範囲で景観保護が図られています。
この仕組みにより、世界遺産の核心部分だけでなく、島全体の自然環境と文化的景観が一体的に保護されているのです。観光開発などによる景観への悪影響を防ぎ、1000年後も同じ美しさを保つための制度的基盤が整えられています。
弥山原始林の特別な価値
世界遺産登録において特筆すべきは、弥山原始林も評価対象となったことです。この原始林は1万年以上前から手つかずで残り、暖温帯性針葉樹のモミと南方系高山植物ミミズバイが共存する特異な植生を示しています。
「生きている化石」と呼ばれるヤマグルマの群落や、日本の縮図ともいえる植物の多様性は、文化遺産と自然遺産の複合的価値を象徴するものです。昭和4年に天然記念物、昭和32年に特別保護地区に指定され、長年にわたって学術的価値が認められてきました。

現代に受け継がれる世界遺産の価値
世界遺産登録から約30年が経過した現在、厳島神社は単なる観光地を超えた存在となっています。人類共有の財産として国際的な関心を集め、文化と自然の調和を示すモデルケースとして世界各国の研究者や専門家が注目しています。
登録により、従来の文化財保護に加えて国際的な視点からの価値評価が行われるようになりました。定期的なモニタリング調査により保存状況が確認され、台風被害からの復旧や老朽化対策においても世界遺産としての価値を損なわない方法が慎重に検討されています。
また、世界遺産としての知名度向上により、国内外からの来訪者が大幅に増加し、地域経済の活性化にも大きく貢献しています。しかし同時に、観光による影響を最小限に抑えながら遺産価値を維持する持続可能な観光のあり方も重要な課題となっています。
特に重要なのは、地元住民や関係者による日々の保護活動です。神職による社殿の維持管理、植物実験所での原始林調査、観光協会による適切な案内など、多くの人々の努力によって世界遺産の価値が守られているのです。
まとめ
厳島神社の世界遺産登録は、海上社殿という独創的な建築、平安時代から続く文化的連続性、そして弥山原始林との調和した景観が国際的に評価された結果です。4つの評価基準をすべて満たし、431.2ヘクタールという広範囲が登録されたことは、文化と自然の複合的価値を示す稀有な例と言えるでしょう。
1996年12月の登録決定から30年近くが経過した現在も、この価値は色褪せることなく次世代に受け継がれています。単なる美しい観光地としてではなく、人類共有の貴重な遺産として、私たち一人ひとりが大切に守り続けていく責任があるのです。
世界遺産登録は終点ではなく、むしろ新たな責任の始まりでした。この美しい景観と豊かな文化を1000年後の人々にも確実に伝えていくため、現在も様々な保護活動が続けられています。