宮島(厳島)は、松島・天橋立と並ぶ「日本三景」のひとつです。この頁では、日本三景とは何か、いつ誰が選んだのか、なぜ宮島がそのひとつに選ばれたのか、「日本三景」を刻んだ碑がどこにあるのかを、簡単にまとめます。
日本三景とは
日本三景は、日本を代表する景勝地3つを指す言葉です。
- 松島(宮城県):松島湾に浮かぶ260余りの島々
- 天橋立(京都府):宮津湾の砂州
- 宮島(厳島)(広島県):海に浮かぶ大鳥居と厳島神社
この3つが「日本三景」として並べられるようになったのは、江戸時代の初期にさかのぼります。
いつ誰が選んだか
日本三景の由来は、江戸時代前期の儒学者・林春斎(はやししゅんさい、1618-1680)の著書『日本国事跡考』(1643年)にあると伝えられています。この本の中で、松島・天橋立・厳島が「三處奇観」として並べて紹介されたのが最も古い記録とされます。その後、江戸時代を通じて「日本三景」という呼び方が広まり、旅の目標として庶民に知られるようになりました。
宮島が三景に選ばれた理由
宮島(厳島)が選ばれた理由は、単に景色が美しいというだけではありません。
- 海の上に建つ神社:厳島神社は、海の上に建てられた木造の社殿で、満潮時には海に浮かんでいるように見える
- 島全体が神域:古来、宮島は島そのものが神とされ、島の中では出産・埋葬が禁じられていた
- 大鳥居と海と山:海に立つ大鳥居、その先の神社、背景の弥山という3つが1枚の絵に収まる、他にない構図
このような「人の手が入った神域と自然が一体となった景色」が、松島(自然の島々)や天橋立(自然の砂州)とは異なる、宮島独特の三景としての性格を作っています。
「日本三景」を刻んだ碑は、大聖院にある
宮島で「日本三景」の文字に出会える場所として確かなのは、大聖院の境内です。ここには初代内閣総理大臣・伊藤博文が残した 「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」 という言葉が、大自然石に碑文として刻まれています。三景の本当の値打ちは海辺ではなく山の上にある——そう言い切った碑です。 島のご利益で知られる場所は 宮島のパワースポットまとめ にまとめています。
伊藤博文は弥山の三鬼大権現を篤く信仰し、宮島を繰り返し訪れていました。明治39年(1906年)には、公費ではなく私財を投じて弥山の登山道を整備しています。その額は当時の約7,000円、現在の価値にして約2,500万円にあたるとされます。この整備で弥山に登れる人が増え、宮島が近代の観光地になっていく足がかりになりました。碑の背景は 伊藤博文が私財2,500万円投入|明治維新期の宮島を支えた人々、大聖院そのものの見どころは 宮島最古の霊場「大聖院」の魅力と参拝ガイド にまとめています。
三景のうち、宮島だけが持っているもの
松島と天橋立は、行った時刻によって景色が大きく変わることはありません。宮島だけが違います。同じ日の同じ場所でも、潮の高さで景色が入れ替わるからです。
- 満潮の前後:社殿が海に浮かんでいるように見える。回廊の床下まで水が来て、大鳥居は海の中に立つ
- 干潮の前後:砂浜が現れて、大鳥居の根元まで歩いて行ける。柱の太さを手で触って確かめられる
つまり宮島は「1日に2つの三景がある」島です。どちらが本物ということはなく、写真で有名なのは満潮の姿、実際に立って驚くのは干潮の姿です。行く日のどの時間にどちらが見られるかは 満潮と干潮で別世界!宮島の潮の見極め方と絶景タイミング で確かめられます。三景を見に行くつもりなら、行き方を決める前にここを見ておくのが確実です。
三景の眺めを、伊藤博文が言った場所から見る
碑文の言うとおりに「頂上の眺め」を見るなら、弥山に上がることになります。弥山は標高約500メートルで、山頂からは瀬戸内海に島が浮かぶ景色を一望できます。ロープウエーの終着駅(獅子岩駅)まで上がり、そこから山頂までは徒歩でおよそ30〜40分。体力に自信がなければ、獅子岩駅のすぐそばにある獅子岩展望台までで引き返しても、多島美は十分に見られます。
注意するのは時刻だけです。ロープウエーは 上りの最終が16:00、下りの最終が16:30。山頂まで往復するなら観光を含めて2時間ほど見ておく必要があるので、14時までに乗り場に着いているのが目安になります。登り方と所要は 宮島・弥山完全ガイド|世界遺産と絶景巡り にまとめています。
日本三景と世界遺産は、別の話であって、つながっている
宮島には「日本三景」と「世界遺産」という2つの看板があります。選んだ人も年代もまったく別です。日本三景は江戸時代前期に日本の中で言われ始めた呼び名、世界遺産はユネスコが1996年に登録した国際的な評価です。
ただ、この2つは無関係ではありません。日本が世界遺産条約を批准した平成4年(1992年)、厳島神社はその年のうちに国内の暫定リストに載りました。平成7年(1995年)9月に日本政府が正式に推薦し、平成8年(1996年)12月の第20回世界遺産委員会で登録が決まりました。推薦を後押しした理由のひとつが、まさに 「日本三景の一つとして広く知られている」という文化的な重要性 でした。江戸時代の評判が、350年後に国際的な評価の材料になったことになります。この経緯は 世界遺産としての宮島|登録の意義と保護 に詳しく書いています。
泊まるなら、島内か対岸か1日に2つの三景と、頂上の眺め
この記事に書いたとおり、宮島は満潮と干潮で「1日に2つの三景がある」島です。そして伊藤博文は「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と、弥山の頂上からの眺めを挙げました。
満潮の社殿、干潮の大鳥居、弥山の頂上——日帰りで全部を入れると、潮の時刻と、ロープウエーの最終(上り16:00・下り16:30)の両方に追われます。
島内に泊まれば、潮の違う時間に浜へ出直せて、弥山は別の日の朝に回せます。ただし島内は宿数が限られ、料金は上がります。
対岸(宮島口・宮浜温泉)に泊まるなら、翌朝の便で渡って2日に分けて回れます。費用を抑えやすいのはこちらです。
三景を見に行く旅なら、潮の時刻を見てから泊まる日を決めるのがいちばん確実です。
※本記事には広告(アフィリエイトリンク)が含まれます。
よくある質問
日本三景はいつ決まったのですか?
江戸時代前期です。儒学者・林春斎(1618-1680)の『日本国事跡考』(1643年)で、松島・天橋立・厳島が「三處奇観」として並べて紹介されたのが最も古い記録とされます。その後、江戸時代を通じて「日本三景」という呼び方が広まりました。
宮島と厳島は、どちらが正しい呼び方ですか?
どちらも使われます。日本三景の記録に出てくるのは「厳島」で、神社の名前も厳島神社です。島の呼び名としては宮島が一般的です。使い分けは 宮島と厳島の違いは何?正式名称と歴史的な使い分け にまとめています。
三景の景色は、どこから見るのがいちばんですか?
海側からの眺めと、山からの眺めで答えが分かれます。写真で知られているのは海に浮かぶ社殿と大鳥居で、これは満潮の時間に厳島神社の正面から見た姿です。いっぽう伊藤博文は「真価は頂上の眺めにあり」と弥山からの眺望を挙げました。時間が取れるなら、両方見るのが宮島の得な回り方です。
1日で三景をすべて回れますか?
宮島(広島県)・松島(宮城県)・天橋立(京都府)は互いに遠く離れているので、1日では回れません。宮島だけを見に行く旅として計画してください。三景を3つとも訪ねるなら、それぞれ別の旅として日程を分けるのが現実的です。
関連ページ
- 厳島神社
- 宮島桟橋から厳島神社への歩き方(桟橋から神社までの道と、所要時間のめやす)
宮島の世界遺産としての側面は 宮島はなぜ世界遺産に登録されたのか、海に建てられた理由は なぜ厳島神社は海に建てられたのか で取り上げています。